アランやラッセルを超える?ともぴこ的現代日本人の幸福論

どうもどうも( ´ ▽ ` )ノ

ともぴこです。

今日も読者さんの質問にお答えしていきますね。

さて、お言葉に甘えて質問です。


人は皆幸せになりたいと、思っていると思います。


その一方で「自分で自分のことが好き」と言える人はあまり多くないように思います。


『幸せになる為の第一歩』


それは『自分で自分を好きになる』こと
ではないかなー?と、最近何となく感じています。


この辺、なかなか日本人には(特に北日本の人たちには)難しいような気もするのですが、


『幸せになりたい』≒『認められたい』
わけで、他人の評価が欲しいのに、自分では評価しないという矛盾が自分自身を苦しめている事実。。。

かく言う私も『お前自分のこと大好きなん?』と、聞かれて「めちゃくちゃ好きですー♪」とまではならないにしろ、

振り返ってみれば、大昔よりは自分のことを
認められている事に気付きました。

ここで本題なのですが、私の仮説が正しいとして、私にとってとても大切なある方が

「自分のことが大キライ」病で、でも「幸せになりたい」オーラはもんのすごく出てるんですけど、どうやったら気持ちの持ちようを、変化させるきっかけを与えられるかなー?と思ってぴこさんにメールしました。

ちなみにその方は、過去の親子関係に大きな傷を抱えています。


良かったら、メルマガやブログで取り上げてみてくださいませ。

それに値しなければ、余裕で無視してもらって結構ですww


よろしくお願いいたしますm(_ _)m

目次

人間は、幸せになりたいとは実は思ってない?

メールありがとうございます( ´ ▽ ` )ノ

まず前提からぶった切ってしまって申し訳ないのですが、そもそも人間というのは【幸せになりたいとは思っていない】というのが重要なポイントです。

ここを誤解されてる方って多いんですよね〜

私もこの「幸せ」というテーマは、長い間考えていて

  • アランの幸福論
  • ヒルティの幸福論
  • ラッセルの幸福論

三大幸福論、そしてアリストテレスの幸福論を読み込み

さらに宗教や歴史において「幸せとは何か?」を探求して、そしてコンサルで多くの人と対話をして

あれこれ考えてきたんですが、結果的に1つ明確になったのが【人間は幸せになりたいのではなくて、幸せを感じたい生き物なんだ】という事です。

もう少し分かりやすく言うと《幸せになるというのは目的ではなく、幸せはあくまでも、結果的に感じられるものなんだ》という意味です。

なので「幸せになる」というのを目的にしてしまってる人は、大体人生がおかしくなっていきます。

「幸せを感じる」事を目的にすればするほど、幸せは逃げていくとも言えます。

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実はこれは色んなことに言えて

例えば

  • キャラ立てるものではなく立つものだし
  • 思いは乗せるものではなく乗るものだし
  • 結果は出すものではなく出るものです。

この結果的に生じるものを目的にすると、人間はおかしな事になるんですね((((;゚Д゚)))))))

人間が幸せを感じる3つのポイント

「じゃあ人間はどうやって幸せを感じるんだ?」という話になるんですが


そもそも人間が生まれながらに持っている欲求は突き詰めれば2つで、

  1. 自分を磨いて成長したい。進化したい。
  2. 人・社会・世の中の役に立ちたい。

という「成長欲求」と「貢献欲求」の2つを持っています。

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そして幸せというのは「①+②」をした時に感じるものなんですね。

自分を磨いて成長して、そして誰かや社会のお役に立った時、人間というのは「生きてて良かった〜生きてる感があるわ〜」と、幸福感を得るんです。

そして「幸せ」を増幅するためにもう1つ大切になってくるのが【共同体感覚】です。

これはアドラーが使った用語なんですが、要するに人間が幸せを感じるには【承認欲求ではなく共同体感覚を持つ事が重要だ】と説いています。


共同体感覚とは「自分も大きな共同体の一部であり、その感覚を持ち、自分の存在意義を感じれること」です。


平たく言えば【繋がってる感の広さ】とも言えますね。


つまり、色んな事柄を「自分とは無関係」と分離させるのではなく、様々なことに”いかに一体感を持てるか?”というのが幸福感と直結しているってことですね。

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人は一体感を感じるものには、愛情や幸福感などポジティブな感情を持ちやすく、分離しているものには不快感や嫌悪感を抱きやすいです。


例えば「他人の下着と一緒に洗濯してください」と言われると「うわ!やだな!」と思う人が多いはずですが、家族となら(思春期の女の子は除くw)平気ですよね。

それは家族とは一体感がありますが、他人とは分離しているからです。

本当は同じ下着なので、大して変わらないんですけどね〜!

こんな風に「一体感」と「分離感」の如何で、湧いてくる感情も幸福感も変わってきます。

ちょいとまとめると、幸せは得るものではなく感じるもので、そのためには

①自分を磨き成長・進化する
②人や社会のお役に立つ
③共同体感覚を広げる

の3つが基本的な項目になります。

ただ③の「共同体感覚を広げる」は単に守備範囲を広げていくと破滅にもつながるので【課題の分離】というのも大切になってきます。

自分を好きになれない人の特徴

さて、これらを踏まえたうえで相談の内容に戻ると、私はこの幸福感を感じれてない人に、会ったことも話した事がないので具体的なアドバイスはできませんが、

シンプルに幸福感を感じられないのは

①過去と分離しているから
②親と分離しているから

のこの2つが大きいと思いますし、ここを和解しなければ、どんなに努力して社会的に成功をしたとしても、いつまでも幸福感は得られないと思います。

だって、今は過去の積み重ねでできているので、過去と分離している(つまり否定している)というのは、即ち今の自分を否定することになり、さらに未来の自分を否定することになります。

そして親というのは、私たちのルーツであり最初に愛情を注いでくれた存在で、私たちのアイデンティティや価値観の形成に、良い意味でも悪い意味でも、最も影響を与えてくれる存在です。

なので、親と分離していると、自分の過去とアイデンティティを呪う事になるので、これまた幸福感を感じられません。

なので、まずはこの2つと向き合って和解・再定義することではないでしょうか?


そしてこれは【本人の課題】なので、その方以外にはどうする事も出来ません。

課題に介入しないほうがいいです。

私やメールをくれた方ができるのは「和解した方がいいと思うよ」「こういう風に和解した方がいいよ」「和解すると、こんなに人生良くなるよ」と勇気付けをする所までで、そこから先は相手の課題です。


やるかやらないかも、その人のタイミングがありますしね。

そしてこれらと和解した時に、自然と【自分を好きに】もなり、幸せにもなると思いますよ。

最悪なのは、幸せじゃないからといって「認められたい、認められたい」と承認欲求の奴隷になる事です。

承認欲求は一時的に幸福感を補ってくれますが、エナジードリンクと同じで、すぐ効果が切れますからね。承認欲求を原動力にしてると周りから人は去って行きますし。


そうなると、さらなる承認欲求を求めるようになってしまうので、承認欲求満たす、認められようとする。というのはよくない選択です。


他人から承認を原動力にして生きてる人ほど、弱っチィ奴はいませんからね。


ではでは( ´ ▽ ` )ノ
今日も貴重なエネルギーを使い読んでくださり、ありがとうございます。

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