どうもどうも( ´ ▽ ` )ノ
ともぴこです。
こんなマニアックなページをご覧いただき、それはもう!!
誠に、誠にありがとうございます笑
インスタでは、「人生最高の物語を!」と言っておきながら、私自身は自分の物語を公表したことは、ほぼありません!笑
あまり公開する意味もないかなー、とは思っているのですが、せっかくですので、今回はいつも以上に私、萩野ともぴこについて語っていこうかなと思います。
萩野ともぴこ物語の始まり
ともぴこ、爆誕!

1990年。
福島県の会津にて、私は生まれました。
非常に甘やかされて暮らしておりました笑
父親は地方公務員、母親はOL。
おじいちゃんは国家公務員。
おばあちゃんはクレイジー笑
そして、6個上にお姉ちゃんがいます。
親戚は税務署職員や建築士、教授などなど、お堅い真面目な職業の人々が多いです。
家族、親戚がみんな女性だったこともあり、男の子だった私は、それはもう可愛がられて過ごしましたよ笑
こうして、自己肯定感を育まれたのですね〜。
クラスメイトを精神的に殺しまくった小学生時代

小学生の私は、なかなかぶっ飛んでいました笑
おそらく私の生贄になった人は何人もいたんじゃないかな〜と思います。
私は小学生の頃から、全てに「なぜ?」を質問しまくる子供でした。
おそらく、周囲からすれば相当やっかいだったでしょうね笑
私が覚えている範囲ですが、
隣の席に、120キロぐらいのぽっちゃりな女の子が来ました。

その子に、僕はとにかく質問しまくりました。

なんでそんなに太ってるん?



え?



何食ってるん?



え…?いや、、、そんな食べてないよ。



給食めっちゃ食ってるん?



…給食はそんな食べてないよ…。



それはおかしい…。



お母さんは太ってるん?



…うん。



お父さんは太ってるん?



…。うん。



なるほど、遺伝か…。



家ではどれぐらい食うん?



給食よりは…、ちょっと多いかな。



”ちょっと”じゃ、わからん。
さては…!間食してるな?



……。モウ、、、ヤメテ…。
他にも、めっちゃ勉強しているのに、テストの成績はイマイチな子もいましたね。





なんでいつも勉強してるのに、そんなテストの点数悪いん?



え?



バカなん?



え?



①勉強の仕方がわからない
②勉強の仕方が悪い
どっちだと思う?



…。わかんない。



だからバカなんだよ〜w



う、うわあああぁぁぁああああぁあああああぁああああああああ(崩壊)
こんな感じで、僕の隣の席になった子は、よく泣いていましたね〜。
私のなぜなぜの生贄となっていかれましたわw
とはいえ、この時期、あれこれ質問しまくることが今のコンサルに繋がっていたりします。
人生のターニングポイント
私の人生のターニングポイントは、10歳の頃でした。
固定観念がブッ壊れたんですね。
私が小学4年生の時。
入ってきた担任の先生が、とにかくヤベェ奴でした笑
最初に教室に入ってきて一番最初にやったのが…
「教室の壁に深田恭子のポスターを貼ること」でした。



俺は深キョンがいないと頑張れない。
貼るの手伝え。



うわ、こいつやべー。。。
今だったら一発アウトな先生ですが、でも授業とかめっちゃ楽しかったんですよね〜。
当時は珍しかったワーク形式だったり。
テストもユニークだったり。



この文章を、二文字で要約しろ!



二文字…。
テスト中は、その担任はヒーターの前に横になって頬杖ついていたんですね。
しかも、屁をこきまくるという…笑
その先生のおかげで、「こんなんアリなんだ…」と固定観念が壊れました。
それと同時に、「面白い人間になろう」と決意したのでした。
この決意は、今も持っている行動指針の一つです。
ただ、小学6年生の時に自分の甘さを痛感させられまして…。
修学旅行では、クラスのグレた奴らをまとめる役に抜擢されてしまったのですが、「今のままではマズイな…。もっと狂っていかなきゃ」と思い、
小6から中学まで、さらに狂いに磨きをかけていきます。
低迷から復活時期
しかし、高校に入ってから、ともぴこの面白さは低迷期を迎えます。


なんと、高校3年間は普通だったのです。
というのも、新学校に進んで行ったので、頭おかしい奴がいないんですよね…。
困ったなぁ…。
1人でクレイジーになるしかなかったけど、あまり面白くなかったです。
そして、なぜか毎日遅刻していました。
そのおかげもって、ともぴこ専用ルールが生まれました。
みんなは朝のホームルームまでに学校に来なければいけませんが、ともぴこだけは1限が始まる瞬間までくれば遅刻にならない、というルールになりました。
というか、ぶっちゃけ、バレなければ、2、3限に来ても遅刻にはなりませんでしたけどね笑
これが現在のともぴこの遅刻癖になってますw
高校はフツーに終わってしまったので、あまり記憶はありません。
この低迷期から脱却したのが、一浪時代です。
一浪していた期間は、それはもう!!すごく楽しかった!!
受験生に相応しい言葉じゃないかもしれませんが、一番楽しかったと言っても過言ではありません笑


一浪していた時は寮生活をしていたのですが、なんと昔の小・中のメンツが集まりまして、毎日ドンちゃん祭りでしたよ笑
その寮には、「ルールを破ったら退塾」みたいなのありましたが、そんなの関係ねぇ!!
友達の部屋に行きまくってました。
おかげさまで熱狂的に狂った浪人生活となりました。笑
我々のおかげ(?)で寮のルールも割と変わりましたから笑
この時に「コミュニティっていいなぁ」と感じました。
そして、起業へ…。


東京に出てきたかったので、都内の大学へ進学しました。
つまらないですねーー!!笑
大学の授業って。
すぐに大学には行かなくなり、飲み会やサークルにだけ行くようになりました笑
もちろん、めっちゃ親に怒られましたけどね笑
大学3年ぐらいの時、「将来は、教員になろうかなー」とぼんやり思っていました。
教育実習に参加して決めました。
「教員はやめよう!」と。笑
書類仕事が多すぎる!!
おそらく、授業をやるよりも書類作成の方が大変そうだよなと。
そう考えると、学校で働いている方々は本当にすごすぎます。
私が大学3年ぐらいの時から、少しずつ周りが就活を始めていきました。
そんな中、私ともぴこは、みんなと同じように就活をすることはなく、
起業の道へと進むのでした。


「就職?……そんなもの、オレはヤりたくねぇ。」
消去法で選んだ“起業”という選択。
だが、それがともぴこの“生きるべき道”だったッ!!
舞台は新宿アルタ前ッ!!
飛び交うパイ、白い軌道!
常識という名の敵に、パイを一撃食らわせる!!
次回ッ!『ビジネス界の異端児、アルタでパイを投げる』
ビジネスとはッ!
論理だけじゃあないッ! 直感とノリと、遊び力だッ!